ねこ、育つ
愛猫が推定1歳になった。
去年6月の保護時期に生後1か月半ぐらいと言われていたので、GWを誕生日に設定している。
去年は連日降る冷たい雨の中、明らかに生死の境を彷徨っていた飢え寸前の野良猫。
当時から長毛の傾向があったが、抱き上げると毛の中身はほとんど骨の状態で、柔らかくはなくごつごつとしていた。悲しかった。
(ただ、発見当日からフードを一心不乱にガツガツ食べていたのでホッとしたのを覚えている)
片目も目やになどで閉じかけていたが、発見が早かったのが幸いか、すぐにくりくりの瞳が復活したのは安心した。
今は抱き上げてもごつごつした感じはなくなり、ふわふわに、元気に大きくモフモフの猫に成長した。
キッチンとあぶない場所以外はすべて彼女の部屋になる勢いで、自由な暮らしを満喫している。と思う。
食事、寝床、遊び場、すべて保証されるかつ家賃のない、破格の物件だと思う。
特にふかふかしている場所がお気に入りのようで、
私がソファに座っている際にも何か言いたげにこちらを見ていることがある。
そこでふと席を立ってみると、同じ場所にスタッと(やっと空いたよと言わんばかりに)腰掛け、丸くなったりする。
あけますよ、あけますって。
かと思えば、こちらがリモートワークに集中しているといつのまにか横に来て「にゃあ」と鳴き、しばらく離れずゴロゴロしているときもある。
え〜可愛いねえ〜と、かまいすぎるとまたシュタッとどこかへいく。つれない。
撫でたり抱いたりしているときも、しっぽをダンッダンッと床につけて、「もうかまうな」と伝えてくることもある。
そんなときは名残惜しいが彼女の想いを尊重する。
これが猫、だ。
色んなところで見た通りの、紛れもない猫の行動そのもので 楽しい。
突然棚の上でスンッとしたりゴロニャゴ言いながら眠るのも面白いし、ほんとうに猫は高いところに行くんだなあと。
カーテンの留め具(?)に興味を持ちすぎて、そろばん状態にカタカタしすぎて
我が家から一部のカーテンが撤去されたりもしているが まあ窓を閉めれば分からないから大丈夫だ。
一度でも猫を飼ったことのある人なら、猫は家に「ずっといる」と感じるのではないかと思う。
そこにいても、遠い未来になって姿が見えなくても、どこかにいると思うんじゃないかと。
もちろんそれは犬も他の動物もなのだけれど
この家に足あとをどんどん残してほしいと思うのだ。
愛犬とも基本は関係良好。
ただ、どうしても妹的立場である猫のほうがちょっかいを出しがちなので、
姉的には、やれやれと付き合っているときもありそうだけど。
ふたりとも立派なしっぽを持っていて、後ろ姿もほんとうの姉妹のようである。
近くで猫の大きな鳴き声がしているな、と
自宅の裏側を散策したのが6月中旬。
最初猫の姿を確認したときは、まだ体力があったからかすぐに逃げられてしまう。
そこから数日、様子を見に行ったり気にしたり、保護したくも逃げられてしまう日々が続く。
毎日雨、雨、鳴き声が聞こえなくなってきていよいよ不安が募るも、なぜかぼんやりと「あの猫の名前は『みかん』にしよう」と決めたその日に、ようやく保護に成功する。
というより、弱って動かなくなってしまったところを見つけられた。
ほんとうはいつ生まれたんだろう。
きっと去年の今頃は母猫に育てられていた。
でもそこからは何らかの理由ではぐれたか、ひとりぼっちになり
人の助けが届きにくい緑の中で、朝も夜も雨を凌ぎながら、食べ物もない中ひとりで生きていたのだと思うと
考えただけで涙が出てくる。
生まれたスタートがいちばん過酷。
これからはある意味楽勝な人生でいいよと、楽しいことしかない猫生を送ってほしいと願う。
白いモフモフのところつい触りたくなっちゃってごめん、たまには許してね。
これからも元気に健やかに育っておくれ。